東海大学体育会ワンダーフォーゲル部

緑樹山荘について


 当山荘は日本で最初のスキーツアーコースに位置し、六華倶楽部(皇族、
華族で構成された社交倶楽部)が昭和7年に建設(青木小屋)以来、皇族華
族等の山小屋として使用されていました。しかし、戦後は管理不足のため
に老朽化し、使用不可能の状態にありました。




 その後、昭和35年に東海大学ワンダーフォーゲル部の部員がこの山荘を
発見しました。当時部内では、「自分達の山小屋を持とう」という気運が高ま
っていたため、活動の充実を図ると供に、広く本校学生に開放し、建学の理
念を高揚すべく再建への動きが始まりました。


 そこで、早速必要な手続きをすべく行動を起こしたが、土地が国有地内で
あるために小団体での占有は認められず、大学の山小屋としてならば許可
が下りる事になりました。


昭和37年、大学の山小屋として東海大学が譲り受け、同年の夏に、ワンダ
ーフォーゲル部部員によって復元作業を行い、緑樹山荘と命名されました。
そして、翌年の38年には、学生会緑樹山荘管理運営委員会が発足しまし
た。


緑樹山荘の建設及び交渉時には、故松前重義氏を始め、学生部、建設課、
学生会等の御支援があり、また、五色温泉宗川旅館、ジークライト株式会
社、マナスル登山で有名な槇有恒氏、故斎藤秀吉氏等の多くの方々の御
協力がありました。




 その後、創設5周年(昭和42年)を機に、玄関、炊事場の増築が行われ
ました。更に、昭和44年には室外トイレの改築が行われました。また、昭和
47年にはそれまで炊事場、風呂場の燃料として薪を使用していたが、薪に
する樹木伐採の量を減らされたため、この年より燃料にプロパンガスが導入
されました。翌48年にはこの燃料の貯蔵庫も完成しました。昭和63年、安
全対策として山荘と宗川旅館との通信手段として無線設備が導入されまし
た。平成元年には、長く風雪に耐えてきた山小屋の土台を新たにする基礎
工事も行われました。




 以来、当山荘は部員の自主、自立の管理の下に、当部の活動の拠点とし
て、また学生相互の親睦の場として、広く利用されています。



 従って、単にレクリエーションの場としてだけではなく、建学の精神と共に
山に行く者の義務と責任を遂行し、大自然の中での生活を通じて相互の規
律、協同、親睦の精神を高めるものでなければなりません。付言するならば
当山荘は大学の財産であると同時に、当ワンダーフォーゲル部の唯一無二
の財産です。



春の頃



初夏(梅雨)の頃



真夏の頃



秋の頃



真冬の頃







真冬の頃



旧青木小屋